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いまあらためて、瞬間移動という主題で1本の映画が作られた。宣伝もストレートにこの点のみを強調する。「行き先、無制限」。広告には、エジプトのスフィンクス像のうえに寝椅子で寝そべりリラックスする男の写真。瞬間移動は、映画史のほとんどはじめからある主題だが、しかし『ジャンパー』は、ジョルジュ・メリエス…
サイレント映画の終焉が台詞を中心とするトーキー映画の笑いを用意したとすれば、むしろ、観客にとって聞き取りを要求するという点において、イメージに対する沈黙を強いる方向ができあがったといえるのだろうか。現在のテレビで必要以上に映像と音声に被せられているテロップや観覧席の笑い声のオーバーラップは、見る…
1. 現実と虚構の往還 昨年1月、約600人もの報道陣を前に『大日本人』(2007)の製作発表記者会見が開かれ、松本人志の監督デビューが公表された。それから松本は、約半年後の劇場公開に先立って、数々のTV番組、雑誌から膨大な量のインタビューを受け続けることになる。 そして、そのような華々しさと…
冒頭、一瞬だけ映し出された砂丘のイメージは、その向こうにあるはずの海を想像させる。8mmで撮られた海。だが海は映されない。虚ろな表情の女性が通り過ぎ、砂のイメージだけが残される。その後『砂の影』は、その大半を薄暗い室内シーンに費やすことになる。 そこで、この作品の制作者たちが8mmフィルムを選…
Vol.3.ジャズ文化と笑い、フランキー、クレージー、ドリフ、タモリ……そして、「浅草三部作」 1.ジャズ文化と喜劇役者たち 世志凡太、フランキー堺、倍賞千恵子、クレージーキャッツ、ザ・ドリフターズ、タモリ ──監督は、ジャズ、あるいはロック、グループサウンズなど、ビートミュージックの演奏者や歌…
Vol.2.新宿:ムーランとストリップ、森繁、渥美、たけし 1.新宿:ムーランルージュ、森繁久弥 ──新宿にあった芝居小屋、ムーランルージュ新宿座〔1931-1951年。浅草の興行界からやってきた佐々木千里によって開かれた軽演劇とレビューの芝居小屋〕に監督は通われたそうですが、当時、どのような演し…
その喜劇映画群の画面の連続はバウンス感、つまり、弾むような感覚に溢れている。 瀬川昌治監督の喜劇映画を、あなたはご覧になったことがありますか? 『喜劇 女の泣きどころ』(1975)、『三等兵親分』(1966)、『喜劇 逆転旅行』(1969)、『ドリフターズのカモだ!! 御用だ!!』(1975…
1. 消しゴムの無関心 2002年に39歳の若さで死去したエッセイスト兼消しゴム版画家ナンシー関の作品を、改めて年代順に辿ってみると、印象として、後期になるほど特に彼女の消しゴム版画からは、それだけで完結して笑いを喚起しようという意志が希薄になっていくように思われる。キャリアを経るごとに描線は繊…
前作『TAKESHIS'』(2005)では、売れない俳優の北野武と映画監督・タレントとして活躍するビートたけしというふたりのたけしを登場させながら、最終的にはどちらがビートたけしで北野武なのかという問題などどうでもよくなるほどに、さまざまな"たけし"の姿を混在させてみたわけだけれど、『監督・ばん…
闇の中で仄かに浮き上がるむき出しのコンクリートの廃墟の3階から、静けさを突き破るように、家具が放り出される。ひとつ、またひとつ。不気味に広がる場末の闇に落下する家具の破壊音が響き渡り、もう取り返しがつかない事態が進行していることを告げる。次に階段の暗がりでナイフを突きつけ、鋭い眼光を放つ老女のシ…
カトリーヌ・ドヌーヴとはまったく異なるセヴリーヌ像を『夜顔』(2006)で披露してくれるビュル・オジエ。その圧倒的な存在のたたずまい、成熟した女性にしか見いだせないミステリアスかつピュアな輝きを発揮しながら、ユーモアとエスプリの深遠さに満ちた言葉で、本作の誕生、撮影をめぐる希有な経験を語ってくれた…
Introduction リー・カンション(李康生)は、ツァイ・ミンリャンの主演俳優であることにとどまらず、映画作家としてもその独特な存在感を強め始めている。処女作の『迷子』(2003)で、無為のような弔いの時間を着実なかたちに演出してみせた彼は、新作『ヘルプ・ミー・エロス』(2007)においては…
Introduction 『ある朝スウプは』(2004)で鮮烈な長編デビューを飾り、長く新作の待たれていた高橋泉が、第8回東京フィルメックスのコンペティションで第2作『むすんでひらいて』を発表した。その新作では、なめらかに造形されたセリフとアクションに加え、編集のリズムや群像劇の演出に、またしても…
「オリヴェイラ ナイト」 12/15(土)銀座テアトルシネマ 22:00〓 トークショー ゲスト:中条省平(予定) トークショー終了後、上映スタート ・『ノン、あるいは支配の虚しい栄光』(P) オリヴェイラ作品中、最大のスケールを誇る歴史・戦争絵巻 ・『神曲』(P) 狂気と贖罪。聖…
言葉の外に現実はない、と教えられてたしかにそうだと思うことはできるし、それを言葉に繰り返すこともできるのだが、その無底のありさまを浮き彫りにして触れうるものとすることができない、と思い知って、いまさらながら己の凡庸さがありありと見えるものになる。本当はそのように思い知ることさえ己の力のなかにはなく…
今日、最新テクノロジーの威力を謳うハリウッド大作の大部分が、単に観客が見たことがない映像世界を見せるという自己目的化によって、デジタル視覚効果技術に大々的に依拠している一方で、ロバート・ゼメキスという映画作家は、他の監督たちとは一線を画す視覚効果(VFX)の使い手である。実写とアニメーションを見…
久闊と追悼 Going into Albert's by the lake brings back a lot of memories... (湖畔のレストラン「アルバート」に行くのは久しぶりである)*1 それはまるで友との語らいのように始まる。シアトルに住んでいたとき、ぼくはよくそこに食べに行っ…
2007年3月14日から20日にかけて、NYのAnthology Film Archives(以下アンソロジー)[1]では「MAGIC IN MUSIC AND MOTION: THE SIGHTS AND SOUNDS OF HARRY SMITH」と題してハリー・スミス[*2]作品の上映が…
2007年4月、第63回国際フィルム・アーカイブ連盟(FIAF=Fédération Internationale des Archives du Film)の東京大会が開催された。1938年に仏独米英の4カ国で設立されたFIAFは、以来、文化遺産および歴史資料としての映画の蒐集・保存・復元・上…
introduction 日本においてフィルム・アーカイヴ活動を推進している団体として、FIAFに加盟している東京国立近代美術館フィルムセンターや福岡市総合図書館だけでなく、全国各地に広がる多くの映画保存の団体も看過できない。各地域に眠るフィルムの発掘・調査・復元を手がける機関のなかでも、映画保…
1.はじめに 2007年のイタリア映画祭(会場:有楽町朝日ホール)を特色づけたものとして、古典作品の上映という、同映画祭にはなかった新たな試みを挙げることができる。日本国内での鑑賞機会が限られたイタリア映画の新作を、そのプログラムの主な対象とするイタリア映画祭は変わらず興味深いが、さらにそこに、…
7.HD撮影──『オーバードライヴ』、『LOFT』 ──『オーバードライヴ』(2004)は東京と青森でトーンを変えていますよね。 芦澤:そうですね。東京のほうはグリーン系を多くして、わりと普通のビデオの感じで撮って、青森のほうは比較的グリーン系を少なくして黒を締める、という対比を強調しました。筒井…
4.ピンク映画からテレビ・コマーシャルの世界へ ──伊東英男さんの助手につかれてしばらく映画をやったあとにテレビ・コマーシャル撮影のほうに移行されていきますが、どういった経緯だったのでしょうか。 芦澤:ある時に、テレビ・コマーシャル(以下「TVCF」)のほうで人手が足りないということで撮影に呼ばれ…
Introduction キャメラマン芦澤明子が手がけてきた仕事にはきわめて幅広いグラデーションがある。この1年間に劇場公開された主な作品は、『LOFT』『叫』(黒沢清監督)、『サンクチュアリ』『刺青 堕ちた女郎蜘蛛』(瀬々敬久監督)、『スキトモ』『屋根裏の散歩者』(三原光尋監督)、『世界はとき…
エドワード・ヤンこと楊徳昌が亡くなった。6月29日のことだ。第一報は香港からの外電が伝えた。ロサンゼルスのビバリーヒルズの自宅で結腸癌により死去、59歳だった。この知らせに心を痛めた台湾の映画ファンが一体どのくらいいるのだろうか。 エドワード・ヤン死去のニュースが台湾でどのように伝えられたか─…
血(縁)、女(性)、家(族)。アルモドバルの映画の基調をなすこれらの要素は、今作においても欠けてはいない。むしろ、盟友カルメン・マウラとペネロペ・クルスの母子関係を軸に、徹底して「男」を排除した家系図を描き出すこの映画は、『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999)や『トーク・トゥー・ハー』(…
デイヴィッド・リンチの最新作『インランド・エンパイア』は、前作『マルホランド・ドライブ』(2001)とほぼ同様「A WOMAN IN TROBLE」の物語でありながら、あの混乱よりもさらに飛躍や断絶に満ち、これまで以上に饒舌なサウンドトラックに支配された映画になっている。映画は、「劇中の不倫と現…
『INAZUMA 稲妻』は、西山洋市が2005年に撮った30分の短編である。ここでまず戸惑うのは、この作品のタイトルだろう。なぜ『INAZUMA』でも『稲妻』でもなく、『INAZUMA 稲妻』なのか(さらにややこしいことに、その前年、この映画作家は『稲妻ルーシー』という長編を撮っている)。この作…
世界で最も売れている絵葉書のひとつは、昼夜を問わず観光客を集めている、パリにそびえ立つエッフェル塔のものである。1889年の万国博覧会にあわせて建設されたこのモニュメントは、1887年1月8日の協約により所有権をパリ市が、経営権をギュスターヴ・エッフェル(1832-1923)が所有することになっ…
『映画愛 アンリ・ラングロワとシネマテーク・フランセーズ』 リチャード・ラウド著、村川 英訳、リブロポート、1985年 映画を蒐集・保存することには、ときに、違法すれすれのいかがわしさが付き纏う。非合法な取引やコピー(いまならダウンロード)に手を出す蒐集家はいつの時代にもいるものだ。フィルム・ア…
『愛は死よりも冷酷』は、1969年に弱冠23歳のファスビンダーが自作自演した長編第1作のフィルムだ。 壁。 画面の奥を探ろうとする、わたしたちの観客の視覚的欲望を遮るかのような、まっ白い壁。 奥行きのとぼしい平板な空間。 室内のシーンにおいて、画面いちめんにひろがる奥手の壁と平行に固定さ…
「世界映画史でもっとも貴重な映画作家の一人でありながら、フランス本国でさえ、今日にいたるも、ジャック・ベッケルを無条件に擁護しつくした者は誰もいない」[*1]──そう始まる蓮實重彦氏の檄文はいささかの誇張も含んではいない。映画史は、このベッケルをまえにして「無意識の自己規制」に陥り、たえず言いよ…
1.窃盗とサスペンス 泥棒には、窃盗と強盗の2種類がある。窃盗とは、相手に見つからないように何ものかを盗み出す行為であるが、強盗は、その過程で暴力行為を伴わせる。どちらも盗みである点は同じだが、しかし映画メディアのなかで表現されたとき、両者の間には決定的な違いが生じる。端的に述べて、強盗はアクショ…
Introduction 女ふたりと男ひとり、あるいは男ふたりと女ひとり。「2と1」がスクリーン上で織りなすいろとりどりの人間模様をモチーフに、毎回ひとりのゲストが個人的な記憶と思い入れを交えつつしめやかに語る、連載「2+1の映画史」。 初回を飾るのは、脚本家・荒井晴彦氏。『新宿乱れ街 いくまで…
日本語版 Roberts: There's a sense in which there is no longer an industry. It's no longer possible to just make B-movies in the same way. Everything is su…
日本語版 Kinugasa: In certain films of the 1950s, like "Kiss Me Deadly" and "Pickup on South Street" (1953), we can see a change in what is stolen. Here, …
日本語版 Kinugasa: The thief has been a central figure in films about crime, in the American genre film, and in film noir. In a sense, there is also a lin…
English 9. 単発のジャンル映画──存在しないコンテキスト ロバーツ:もはやインダストリーがないということでしょう。現在では、B級映画を同じやりかたで生産するということはありえません。すべてが大ヒットするように意図されていますから。監督たちは、現在では、ポスト・インダストリー時代のハリウッド…
English 6. 泥棒映画の変遷 ──『キッスで殺せ』や『拾った女』(1953)といった1950年代のある種の映画では、何が盗まれるかに変化がみられます。ここでは何かが盗まれているのですが、それは実体がなく抽象的なもので、見ることさえもできません。『キッスで殺せ』ではおそらく原子爆弾なのでしょう…
English 1. Introduction ──泥棒は、アメリカのジャンル映画、フィルム・ノワールや犯罪映画において中心的な人物像でありつづけています。そしてある意味では、ジャンル映画と泥棒の間には本質的な繋がりがあるのだと思います。つまり、ジャンル映画には、ある種のパターンとキャラクターの反復…
音がきこえてくる。映画は音とともにはじまる。……本日の牛肉市場はキログラムあたり……さて今晩の料理ですがまずは鶏肉をオーブンで……禁欲的な生活を営むべし、さもなければ地獄に……ピッチャーふりかぶります、第1球投げたー! ……今夜の渋滞はいかがですか? 現場の状況です……とラジオのチャンネルが切り…
「フランシスはエスキモーに氷を売ることもできるだろうよ」[*1]。『雨のなかの女』(1969)の配給をめぐるワーナーとの駆け引きに勝利したフランシス・フォード・コッポラの凄腕を、ジョージ・ルーカスはそう称えた。『地獄の黙示録』(1979)に対して、実際のヴェトナムはあんなものではなかった、という…
カンヌでの上映前よりすでに映画館で見られた予告編は、それはもう最高で、いったいあれは誰が作ったのだろう、ニュー・オーダーの「エイジ・オブ・コンセント」とともに、たとえばキルステン・ダンストが半口開けてシルクのスカートをはためかせながら薄暗い宮廷の廊下を走っているのだが、もうそのショットだけが永久…
[書評]山形国際ドキュメンタリー映画祭東京事務局編 『ドキュメンタリー映画は語る 作家インタビューの軌跡』 本書『ドキュメンタリー映画は語る』の中で、聞き手である阿部マーク・ノーネスは佐藤真に対して率直にも「(…)どういうわけか多くの人たちは日本ドキュメンタリーの方法論の話をする時には(中略)だ…
en français 成瀬巳喜男生誕100周年記念として東京国立近代美術館フィルムセンターで開催された全61本のレトロスペクティヴ(2005年9月〜10月)から1年、今回パリ日本文化会館(MCJP: Maison de la Culture du Japon à Paris)によって彼の31本…
日本語版 Un an après la rétrospective de 61 films organisée par le National Film Center de Tôkyô à l'occasion du centenaire de la naissance de Mikio Na…
&t en français ポンピドゥー・センターにおけるジャン=リュック・ゴダール『ユートピアへの旅(1946-2006)』は5月10日から8月14日まで開催され、完全にその幕を下ろした。8月16日と17日の2日間で展示は完全に解体され、パリ郊外に程近いエマウス(Emmaüs)[*1]のなか…
日本語版 L'exposition de Jean-Luc Godard, Voyage(s) en utopie (1946-2006), au Centre Pompidou, ouverte au public du 10 mai au 14 août 2006, a définitiv…
硫黄島の戦いを描く2部作──『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』が公開されるだいぶ前、日本陣営を描く『硫黄島からの手紙』には日本人の監督が起用されるという噂が流れていた。では一体だれになるものかと、われわれ映画ファンはいろいろな妄想や期待を膨らませていたものだ。『亡国のイージス』(05)を…
7.作り手たちへの恋文 8.映画と社会 9.50年越しの復讐 7. 作り手たちへの恋文 蓮實:映画評論家としての私が具体的にどんなことをやってきたのか、それをあまり深く考えたことはなかったのですが、先日刊行された『映画の呼吸──澤井信一郎の映画作法』を読んでいて気づいたことがあります。要するに、私…
