ダニエル・シュミット追悼

編集部

 8月6日土曜から日曜にかけて、スイスの偉大な映画作家、ダニエル・シュミット氏が癌のため亡くなった。享年64歳。シュミット氏は1941年スイスのグリゾン地方生まれ。少年時代から映画に親しみ、やがて1962年にベルリンに移住し、この地でライナー・ヴェルナー・ファスビンダー、女優のイングリット・カーフェンと出会い、3人で「タンゴ・フィルム」を設立する。『吸血鬼ノスフェラトウ』(1922)の女優、グレタ・シュレーターを訪ねたテレビ作品、『キス・ミー・アゲイン』(1968)から監督としてのキャリアを開始。以後、遺作となってしまった『ベレジーナ』(1999)に至るまで、極めて刺激的な作品を作り続ける。同時に、オペラの演出家としても国際的な名声を博している。





ダニエル・シュミットはいま、どこでもない場所にそっと姿を隠している

蓮實重彦 

 間違っても「決定的な」言葉など口にしたことのないダニエル・シュミットの人影に、死の衣装ほどふさわしからぬものもまたとあるまい。だから、追悼はこの男への礼を失した振るまいでしかないはずだ。実際、8月11日金曜日午後2時、グリゾン州の首都コアールで彼の葬儀が執り行われると聞いても、仲間たちとのひそかな行楽の旅に誘われたかのように心がはずみ、敬虔な思いにとらわれたりはしない。
 落ち合うはずの場所に近づくと、人混みをかきわけるようにシュミットその人が手招きを送り、喉の手術以来のチャーミングなしゃがれ声で、«Fabuleux!»(「天佑!」)とつぶやいたりするのだろう。約束の時間にその場でこちらを迎えるため、その日の行動を彼が朝からどのように組織したのかは知る由もない。それでいて、いざという瞬間には、驚くほど几帳面な男なのだ。
 彼は、真夜中近くにどこからともなくやってくる『今宵限りは...』の旅まわりの芸人のような存在かもしれない。誰に出演を依頼されたのかも不確かなまま、それでも時刻通りに姿を見せる一座の芸人たちは、役柄を交換しあう主人と使用人との間にそっとわけ入り、映画史上もっとも美しいエンマ・ボヴァリーの死を演じてみせる。その義務を律儀にはたすと、明け方前に、人目をはばかるように城館からそっと姿を消す。この一座は、いったいどこから来て、どこへと去って行くのか。ダニエル・シュミットは、いま、あの芸人たちのように、どこでもない場所にふと姿を隠しているだけなのだろう。




シュミット氏講演の折りに

葛生 賢 

 個人的な思い出話を語るのを許してもらいたい。シュミットの精神を伝えたいからだ。私は彼と一度だけ言葉を交わしたことがある。それは『ベレジーナ』のプロモーションのために来日した彼が、当時、私が通っていた映画美学校で特別講義をした時のことだ。こうした外国からのゲストが呼ばれた時には決まってそうであるように、学生たちは彼の映画を1本も見なくてもできるような質問を繰り返していて、それを聞いていた私はだんだんと腹が立ってきた。この偉大な映画作家に対して、それはあまりにも非礼ではないか。そこで前から疑問だったことを思いきって尋ねてみた。彼の最も美しい作品のひとつ『天使の影』になぜファスビンダーが出演しているのかを。するとこの老作家は、「こういう映画学校のような場で話すのにはふさわしくない話題かもしれないが」と笑みを浮かべてから、意外な答えを返してきた。
 映画学校の入学試験を受けに行ったある日、試験の開始時刻に遅れてしまった彼は、自分と同じように遅刻してきたひとりの若者と知り合う。結局、シュミットは試験にパスしたが、その若者は映画学校に入学できなかった。1年後、1本の映画を撮ることもなく漫然と映画学校での生活を過ごしていたシュミットのもとに、撮り上げたばかりの短編を携えて例の若者がやってきた。その作品の素晴らしさに感嘆する彼に、若者は「映画を撮るのに学校になんか通う必要はない」と傲然と言い放つ。それに深く同意した彼は翌日、退学届を提出した。その若者の名前はファスビンダー。全てはこの出会いから始まった。
 私は、このシュミットの語った逸話に何度となく励まされたし、これからも励まされ続けるだろう。ここがロードスだ、ここで踊れ。




ダニエル・シュミット監督作品

1968  キス・ミー・アゲイン Kiss me again
1970  暗闇の中で全てを行うこと

Thut alles im Finstern, eurem Herrn das Licht zu ersparen
1972  今宵限りは… Heute nacht oder nie
1974  ラ・パロマ La Paloma
1976  天使の影 Schatten der Engel
1977  ヴィオランタ Violanta
1981  カンヌ映画通り Notre Dame de la Croisette
1982  ヘカテ Hécate
1983  人生の幻影 Mirage de la vie
1984  トスカの接吻 Bacio di Tosca
1987  デ・ジャ・ヴュ Jenatsch
1988  Guglielmo Tell(TV)
1990  Les Amateurs
1992  季節のはざまで Zwischensaison
1995  書かれた顔 Das Geschriebene Gesicht
1999  ベレジーナ Beresina oder Die letzten Tage der Schweiz

08 Aug 2006

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